Update (2003/12/26)
2003年12月26日(金曜日)。志賀ヨットクラブは、今年最後の営業日。寒いのは覚悟で、出掛けました。朝方は小春日和のような晴れ間のある天気のように見えましたが、湖上に出ると11時ごろから、比良山脈を覆う雪雲が湖岸の上空から湖全体を覆うようになり、風と一緒に時折顔に細かな水滴と言うか氷の小さな粒が当たるようになってきました。
蓬莱山・打見山の稜線・谷筋に白くみえるのは雪
光の方向は琵琶湖大橋
虹の下が近江舞子 Update (2003/12/17)
2003年12月9日(火曜日)朝日新聞夕刊に、琵琶湖でヨットが転覆・沈没した事故の原因などの鑑定に関する記事が載っていました。滋賀県警が大阪府内の大学教授に依頼した鑑定結果を受けて、操船者を業務上過失致死の疑いで被疑者死亡のまま年内に書類送検する方針だ、というものです。 Update (2003/12/05)
2003年12月5日(金曜日)。移動性高気圧に覆われて朝から雲一つ無い青空。朝9時前には、霧も晴れて、風さえあれば最高なんですが、残念ながら超の付く微風。11時半ごろから2時間くらい、微風ながらセーリングが楽しめる程度の風に。
しかし、午後2時ごろからは再び琵琶湖全体に油を流したようなベタ凪。夕方には少しは風が吹き出しはしないかと期待しましたが、結局日没直前まで風は吹いてくれませんでした。残念。
Update (2003/09/24)
2003年9月15日(月曜日)。連休最後の日の夕方、私の所属する志賀ヨットクラブで、悲しい事故が起こりました。同クラブをホームポートとするFALCON(ファルコン)が転覆沈没するという事故があったのです。子供4人を含む12名全員が遭難し、5名は自力で泳ぎ着くなり救助されましたが、残る7名は行方不明となりました。24日現在、6名が遺体で発見され、1名が尚行方不明のままです。 Update (2003/08/02)
2003年8月1日(金曜日)。長かった梅雨がやっと明けて真夏の日差し。北東の軽風がコンスタントに吹いていて、大きな波はありません。クローズホールドでタックを繰り返し、お昼前に近江舞子の沖で一時的に風が落ちたので、水に入って泳いで遊んだりしました。再び風が戻ってきた時には、少し北に触れていて、徐々に北の風になりました。白ひげ浜と沖島北端の間辺りまで来たところで、再び風が落ちました。暫く水遊びをしていると、すぐに風が戻ってきましたが、今度は北西の風です。この風だと、アビームで志賀ヨットクラブまでまっすぐにジェネカーで走ることが出来ます。
後は、スリーブを引き上げるロープを引いてやれば、スリーブがピークへ向かって手繰られて行き、ジェネカーは自分で風を孕んで広がります。
降ろすのも、非常に簡単で、殆ど抵抗はありません。最初は、風を孕んでいるジェネカーをスリーブに納めるのには相当の力が必要ではないかと思っていましたが、全くの杞憂でした。FRP製の取り込み口が滑らかで、吸い込むようにジェネカーがスリーブに収まって行きます。一旦スリーブに収まってしまうと、風の抵抗はほとんど無く、そのまま艇内に取り込んでしまえばセールの収納も簡単です。スナッファーがあれば、ジェネカーの収納も上げ下げも非常に楽になるので、迷わずジェネカーを使うことが出来ます。微風でのジェネカーの威力は目を見張るものがありますから、スナッファーの導入は正解でした。 Update (2003/07/26)
2003年7月25日(金曜日)。低気圧が北海道の北東に移動、梅雨前線は南に下がり、気温は夏にしては低目。朝9時、志賀ヨットクラブ周辺では、曇り空、雲高は800mで比良山脈の上部は雲の中、北東の風が5〜7m/秒前後。9時30分、帆走準備を整えて、出港。スタボータックで松の浦へ、タックし沖島を目指しました。11時、沖島に近づいた頃から風は10m前後に強まり、白波が増え波も高くなり、しきりにスプレーを浴びます。ヒールも大きくなってきたので、ワンポイントリーフすることにしました。リーフすると、ヒールが減り、ウエザーヘルムも弱くなるので、安定して走ります。オーバーセールで不安定な走りの時よりスピードも上がるようです。沖島の西でタックして白ひげ浜を目指します。40分ほど走った頃、相変わらず強い風は、徐々に北に振れてきましたので、再びタックして、沖の白石を目指すことにしました。13時、あと15分くらいで沖の白石というあたりで、突然風が落ちてしまいました。安曇川河口から白ひげ浜の方向に雨脚が見えますが、琵琶湖の中央では薄い雲の所々に青空が透けて見えます。折角、ここまできたので、エンジンを掛けて機帆走で沖の白石を回航することにしました。
帰りは、風は思ったほど回復せず、機帆走を続けました。近江舞子沖にかかった辺りから、風は徐々に北から西に変わり、16時20分、志賀ヨットクラブに帰港しました。11時少し前から13時頃までの強い風が吹き続けていれば、沖の白石からの帰りのレグも、快適な帆走が楽しめたのでしょうが、ちょっと残念でした。でも、今日は、9時30分から13時まで、リーフ直前のちょっと緊張する強風の一瞬もありましたが、スピード感のあるわくわくするような帆走が楽しめました。 Update (2003/06/30)
WindowsXPのおまけソフト、Windowsムビーメーカーを使ってみました。といってもデジカメで撮影した動画(AVI)を取り込んでWMV形式で保存しただけです。2003年6月6日(金曜日)、沖島南端から白ひげ浜を目指してクローズホールド中の10秒ほどの動画像です。タイトルを入れてあります。各種コンテンツが簡単に取り込め、各種編集が素人にも簡単に出来るようです。 Update (2003/06/02)
2003年6月2日(月曜日)。(株)ノースセール・ジャパン関西ロフトに、スナッファー(スピネーカー・ソックスともいう)を発注しました。North
Snuffer Plusという商品の、最も小さなサイズのタイプでスリーブの長さ7mのものです。 Update (2003/05/23)
2003年5月23日(金曜日)。晴れ。先日(16日)にテレビで、守山市の野洲川河口沖で大規模な赤潮が発生したというニュースを報じていました。今日、志賀ヨットクラブに出かけたところ、ハーバー内の掘割にも赤潮が入り込んでいて、生臭いにおいがしています。沖合は一面に赤潮のもとになったプランクトンの死骸が白茶けた粉を撒いたように浮いています。 Update (2003/04/18)
2003年4月18日(金曜日)。快晴、一昨日から南よりの大きな移動性高気圧に覆われて夏のような気圧配置です。お昼には湖上でも23度近い気温になりました。風はほとんど無くて、10時半から12時までの1時間半だけ、やっとセーリングが出来るかなと言う程度の超微風。
ベタ凪の湖面に映る蓬莱山。湖面は春霞。
午後は機走で湖東の長命寺まで行って、名残の花を楽しみました。 Update (2003/01/26)
BUDDYIIIのログブックを整理していて、今日(2003年1月26日)気が付きました。2002年11月29日(金曜日)の乗艇が、1996年5月5日進水以来ちょうど100回目でした。 |